公開書簡

住基ネット差し止め訴訟担当最高裁判事への手紙

住基ネット差し止め訴訟担当最高裁判事への手紙


涌井紀夫裁判長 殿


2008年4月1日
反住基ネット連絡会



私たちは、全国の市民グループ、地方議員、労働組合、ネットワーカーなどの集まりです。2002年の第一次稼働前から、住民基本台帳ネットワーク・システム(住基ネット)の反対運動に取り組んで参りました。

あなたは2008年3月6日、最高裁第一小法廷において、大阪府守口、吹田両市の住民が住基ネットからの住民票コードの削除を求めた訴訟の上告審で、違憲性を認めて両市に削除を命じた大阪高裁判決を破棄し、住民らの請求を棄却しました。
 私たちは、あなたがお書きになったこの度の判決について、いささか呆れ果てています。 あなたは今回、「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する」ことのみを憲法に保障されたプライバシー権とする判決をお書きになりましたが、それで本当に職責を全うした満足感が得られましたでしょうか。
 もし、あなたが満足感を得られているとしたら、私たちは、あなたの裁判官としての資質に疑問を持たざるを得ません。
 勘違いしないで下さい。私たちは、あなたが住基ネットを憲法に違反しないものとしてお認めになったことを、不満に思っているのではありません。住基ネットを通して問いかけられた問題に、あなたが背を向けられたことが残念でならないのです。あなたが、この問題に裁判官として真摯に向き合っていたら、たとえ意見を異にするとも、私たちは、その仕事ぶりに賞賛を惜しまなかったでしょう。

あなたはこの度の判断の根拠として、いまから約40年前、1969年の判例をお示しになりました。しかし、大型コンピュータですらまだ珍しかった時代の判断を持ち出して、ネットワークでつながったコンピュータが身の回りに溢れる現代のプライバシー権を論じることに何の意味があるのか、私たちは理解に苦しんでいます。
 確かに、あなたの諸先輩方は大変優秀でした。しかし、時代は移り変わっています。実社会に背を向け、埃をかぶった書庫に逃げ込むべきではありません。
 あなたは、あなたのそうした態度が、この間行政をも巻き込んで積み上げられてきた市民社会におけるプライバシーに関する議論と努力を無にしたうえに、ネットワーク社会の健全な発展をも阻害し、行政における電子政府・電子自治体の取り組みをミスリードしかねない危険性すらはらむものだと、お気づきでしょうか。

あなたのお仕事は、私たちの実生活に起きる問題に、解決の道筋を示すことです。 社会に目を向ければ、ネットワークを通じて個人情報を利用する便益と、プライバシーが日常的な危険にさらされることとの狭間で、誰もがもだえ苦しんでいます。あなたの耳には、社会が軋む音が届かないでしょうか。
 その軋みは、たとえ氏名・生年月日・性別・住所からなる4情報でも、あなたが仰るような「人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている」ものだとする理解も、すでに自明ではないことに原因のひとつがあります。
 たとえば、性別を明らかにしたくないという価値観、または医学的理由を有する方も世の中にはいらっしゃいます。そもそも、なぜすべての行政事務に性別情報が必要なのか、私たちは合理的な理由を示されたとこともありませんし、あなたも検討していません。
 しかし、価値観の多様化とネットワークの深化が進んだ現代では、4情報ですら「開示されることが予定されている」とするこれまでの自明性を一度捨て去り、一から見直していこうというコンセンサスが生まれつつあります。それは取りも直さず、その方がネットワーク社会の発展を促し、さまざまな立場の人に利益をもたらすことが理解されてきたからです。

 ただし、そうしたときに、ネットワーク上でどのように信頼関係を築いていったらよいか、まだその方程式が見つかっておらず、それが社会が軋む原因となっているのです。

この度の訴訟では、私たちがその方程式を見出す一助となる判断が示されるものと思い、期待していただけに、残念でなりません。
 今後も続く住基ネット関連の訴訟において、あなたが再び受け持たれることがあれば、今度は埃をかぶった判例集ではなく、お手元のパソコンや携帯電話等々、世に溢れるコンピュータを見つめながら、判決文をお書きになって下さい。

 そのことを、切に願います。


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